痛むこと
とても好きな曲を、初めて聴いたのがいつだったのか、ふとした瞬間に思い出す。車の助手席で、冬に近いある日の夕方、到達点のない恋愛の終わりにもちょうど近い頃だった。
こんな曲を聴いたこともいつか忘れるんだろう、と思いながら私は窓の外で赤く色を変えていく景色を見ていた。決して不機嫌ではなかったはずだけれど、幸せにはほど遠かった。いつか痛みは忘れるかもしれないけれど、この曲を忘れることはないだろうとも思った。
おかしな話だ。音楽は痛みだと今でも思う。
今、同じようにSigur Rosの音楽を聴いても苦しくなんてならない。苦しくなんてならないけれど、体のどこかの説明のできない箇所がわずかに痛む。でも痛むことに、ほっとする。
あんなに好きだった人のことは忘れてしまったというのに、当時、耳を覆うようにして繰り返し聴いていた音楽は何年経っても私を傷つけられるのだと思うと、それはおかしなことかもしれないけれど、私をとても安心させる。
夕闇に灯りがぽつりぽつりと混ざりはじめる頃、圧倒的なまでに寂しさが勝っていた夜。