まじろ帖

日々のこと。

最初から最後までずっと

かご猫。
あまりに可愛いので、不審者のように柵から中を覗きこむ。


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数年間、私の職場は飛行機だった。

ある時、膝の上に包みを抱えた車椅子の高齢の女性がご搭乗されたことがあり、事前のインフォメーションがなかったため、後輩がすぐに「お手荷物、お預かりしましょうか」と声をかけた。女性はゆったりと微笑んで、それから
「おじいちゃんなの。こうなってから初めて一緒に乗る飛行機だから一緒にいさせてもらえますか」
と言った。後輩が隣で一瞬緊張したのがわかった。その気持ちはわかる。私たちは厳しく訓練されている。マニュアルでは「手荷物はすべて頭上のコンパートメント、もしくは座席の下、ちいさいものならば座席のポケットに収納する」のだ。離着陸時、膝の上には何もあってはいけない。私たちの仕事は、いかに安全に等しくすべてをあるべき場所に収めるかにかかっていた。でもお骨ではそんなわけにはいかない。私は一瞬答えに迷い、隣に空席があるかどうかをまずは確認しようとした。

その時、
「もちろんです。どうぞご一緒に」
とチーフが言った。きっぱりとよく通る声で。

車椅子の女性のほっとした表情が今も私は忘れられない。女性はそのフライトの間、最初から最後までずっと御主人と一緒だった。

そのチーフは、厳しいことで有名だった。

本当に怖い人だったし、新人は何人も泣かされた。でも、女性特有のねちっとした感じが一切なく、指示は常に的確で何よりいつでもお客様のことを第一に考えていた。一歩、機内にお客様が足を踏み入れればお客様の目の届く範囲に見苦しいものはひとつもなかった。でも「ちょっと来なさい」と小声で囁かれ、首根っこをつかまれてカーテンの奥にひっぱっていかれることはあった。それはめちゃくちゃ怖かったけれど、お客様のいない地上滞在中ならば怒鳴られたら更に大きな声で返事をし、すぐに行動にうつせば済んだ。チーフとお酒を飲むのも楽しかった。博識な人で、話すのがとても楽しかった。

尊敬するチーフの迷いのない判断を、自分が何かを選択しなければならないという時には今でも必ず思い出す。

パディントンの骨壺を胸に抱いた時、改めてチーフの声を思い出した。