まじろ帖

日々のこと。

ぞわぞわ

ぞわぞわする橋。 7月はだいたい体調を崩す。突然の暑さに体がついていかれない。猫たちと家でごろごろする日々。

モモに

松本に電車で行くのはそういえば初めてのことだ。 八王子からあずさ7号に乗る。 今回の旅のお供本は、ミヒャエル・エンデのモモ。 時間泥棒ときいても子供の頃はぴんと来なかったけれど、今はモモが近くにいてくれたらいいのに、と思う。 モモになりたかった…

「楽しければ笑う」と私は言い放った。言ったそばから後悔したけれど、でももう言ってしまったし、どちらにしろそれは本当のことだから仕方なかった。 「その目付き」と、子供の頃からママもパパも言った。時々うんざりしたように。わからないのは、私に流れ…

手放して

ありふれた景色を見て、喉の奥がぎゅっとなる。建ち並ぶ古いアパルトマン。カーテンのない窓から見える高い天井。楽しそうな話し声。音楽。カチャカチャと鳴るお皿やグラス。 この街へ来るようになってからもう何年かが経ち、物珍しさはなくなった。ここに住…

瞬間だけ

たとえば恋をして、これがもう全部最後だと思ってもどんなにそうであって欲しいと願っても、その続きが必ずあるということが昔はひどく怖かったけれど、今はそれらは救いのように思える。叶わないから足りないと思うのは間違いだ。見たものすべてを私は深く…

習慣

なだらかな緑の丘がどこまでも広がり、陶器みたいな色をした牛が転々と草を食む。切り取ったように四角く菜の花がところどころに鮮やかに揺れていた。雲が低く広く立ち込めて、雨が降ったり青空を覗かせたりせわしないのも良かった。TGVに乗ってパリまで移動…

パレードの終わり

マルセイユに食事をしに出かけ、バスで戻ってくるとエクスアンプロヴァンスの街ではちょうどカーニバルのパレードが始まったところだった。子どもたちがハロウィンのように仮装をし、ピエロがカラフルな紙吹雪の詰まったパックを売り歩く。ミラボー通りの人…

朽ちて

村は小高い丘を囲むようにして作られていて、家々を眺めながら坂道をのぼっていくとほとんどの村の頂上には古い教会があるのだった。それらのほとんどはもう使われなくなっていて、朽ちていく建物の周りを草や花が覆い、のんびりとした猫がいる。今も昔も、…

今年は寒い、と一年ぶりに会ったオリーブさんが言った。街の真ん中のマルシェで、オリーブの木で作ったフォークやスプーンやチーズ入れ、ボウルなどを売っている人なので、私はオリーブさんと勝手に呼んでいる。名前は知らない。2年前に初めて話してバター…

あの子達

今年もフランスへ行く季節がきた。 今年は猫たちが家に来たので、置いていくのが心配で、長い旅行に行くのは気が引けるけれど、彼女たちは私のママにとてもなついているので、案外大丈夫なのだろう。私以外の誰も彼もが「あの子達は大丈夫よ。いってらっしゃ…

歩く

今年も駐車場にミニチュア箱庭が出来ていた。 可愛い。 桜が咲いたので、いつもよりも少し多く歩く。

雨の日のタクシーが苦手だけれど、でも好きなもののうちのひとつだとも思う。窓につく細かな水滴を見るのが楽しいから。 つぷつぷつぷ、と音を立ててまるで炭酸の中にいるみたいだ。

季節には

「いいよ」って許したり許されたり、子供の頃はすごく簡単なことだったのに、歳を重ねるごとにそれがどんどん出来なくなっていって、頭が固くなってしまったのかな。体が重くなってしまったのかな。 いい空を見てぼんやりとする。 つまらなくなるね、ってそ…

近いような

暖かくて静かなところというのは、気持ちがいい。 それが本を読むために用意された場所だというのだからなおさら素敵だ。店内の誰も喋らず、でも誰かのための飲み物や食べ物の支度をする音が常に小さく聞こえていて、たっぷりと注がれたコーヒーからは良い香…

すごく大事なことをすっぽりと忘れてしまったような気がする。だから手当たり次第に本を読もうとするのかもしれないと思った。ヒントが何か残っていないか、手探りで近くを遠くをあてもなく、ただひたすらに覗くのだ。

タップ

小さな小さな足がタップを踏む。 カーテンの向こう側は猫たちのくすくす笑いが響く場所だ。

来月ちょっとだけ京都に行くことにした。 遠くへ遠くへ行こうとするのが私にとって良いことなのか悪いことなのかだんだんわからなくなってきた。 いつもこう。逃げてばかり、と思ってしまう。 思いついてそのまますぐに離れられてしまうような暮らし方も本当…

アヒル

「アヒルが泳いでいるよ」 というのはなかなか可愛らしい目印だった。 鮮やかな黄色のくちばしと水かき。

全部ということ

中古のカメラをひとつ買った。 ちゃんと写るのかはわからないけれど、可愛かったので。 外を歩きながらぱしゃりぱしゃりととりあえず何にでもシャッターを切る。ハーフサイズカメラなので27枚撮りのフィルムは倍の54枚撮れることになるらしい。よくわからな…

色濃く

スタバの桜シリーズが始まった。 これは私の春の準備。 桜ほうじ茶を買ってきて、あとは洗面所で朝、顔を洗うときに「冷たーい」と言わなくなれば春だ。 木蓮のつぼみを眺めながら歩く寒いこの時期はとても楽しい。 一年はあっという間に色濃く過ぎる。 何が…

すらり

眠っている山椒。 1月はとても穏やかに過ぎていった。 寒さに首をすくめ、家までの道を歩いていると、少しずつ春に近づいているのがわかる。木や草が、くつくつとその体をのばしていく。 私は冬が好きなので、このままでいいとも思うけれど、半袖からのびる…

冬の形

厄払いに行ってきた。 同い年の幼なじみ6人で川崎大師へ。 年末、どうして話せなかったんだろうと時々思い出す。 嘘をついたわけではないけれど、言えなかったことがあって、それが気になるまま年が明け、私は何事もなかったかのように、空気のぴんと張った…

じいちゃん

じいちゃんが、ぐっと年をとった。 体に悪いところはなく、ご飯もゆっくりとだけれど完食出来るし、会いに行くと「おぉ」と嬉しそうに笑ってくれたりするけれど、でもじいちゃんの生命の光(みたいなもの?)はこのところずいぶん静かになったと思う。悲しいと…

なんてつまらないことは

少し熱っぽいなと気がついたとたん、体がことんとスイッチを切ってしまう。 眠いの何も考えたくないの眠れないの頭が痛いの。 子どもみたいにぐずりそうだ。 職場でオープン記念にたくさん届いた花を分けてもらい、持ち帰る。 ユークがいくつかのコップやグ…

今日は昨日の

年が明けた。 子供の頃は、もっとすごくワクワクして0時まで起きていていいなんて信じられない!と思いながら待っていた気がする。 年が明けたら去年までのモヤモヤが急にぴーんと清算されたり、すごくいい自分になれていたりするんじゃないかって。 でもや…

水を飲むみたいな

コーヒーを飲まなかった頃、というのは多分大学生くらいの時で、じゃあ一体、途方もなく長い時間があったというのにあの頃、私は何を飲んでいたんだろうと不思議に思う。 学校の近くに中国茶屋さんがあって、目の前のポットからいくらでもお湯を継ぎ足してよ…

たった

窓から夕方の光がたっぷりと射し込んで「眩しい」と言って笑った。 冬の風が吹く乾いていて眩しい外の世界を、暖かい場所から眺める。 たったそれだけのことだ。 たったそれだけのことだけれど、眺めるという時間も並ぶ距離も許されている。 それは、贅沢な…

そしてまたそっと光ったり

「クリスマスマーケット、去年は来なかったね」 とぽつりと言う。風が冷たくて、人の流れが早い。食べ物を売る屋台ばかりが立ち並び、お腹が空いている人には多分ちょうどいいのだろう。温かいワインもソーセージも。 「あれは一昨年?もっと前?」 12月25日…

簡単なこと

山と空と夕方の境目をただじっと見ていると、たとえば10年前の自分が何を考えながら生きていたか思い出せるような気がする。気がするだけだから、実際に具体的な胸に込み上げるような何かをしっかり手にするわけではないけれど、それでもこうして立ち止まれ…

夕方

ラディッシュをもらったので、ポン酢とバターで炒める。 魚を焼いてお味噌汁を作り、適当なサイズに切ったトマトにハーブソルトを振ってオリーブオイルを回しかける。 夕方がこうして過ぎていくのは、多分良いことなんだろう。