まじろ帖

日々のこと。

朽ちて

村は小高い丘を囲むようにして作られていて、家々を眺めながら坂道をのぼっていくとほとんどの村の頂上には古い教会があるのだった。それらのほとんどはもう使われなくなっていて、朽ちていく建物の周りを草や花が覆い、のんびりとした猫がいる。今も昔も、あまり変わっていないんだろう。見おろすと、新しく建てられたのであろう、それでも軽く100年は経っているどっしりとした教会と赤茶色の屋根が続いている。いい風が吹いて、猫が目を細める。どこにいても忘れられないことがあり、私の中でそれらが朽ちるにはまだ早いのだろう。
「じろちゃん、おいで」
とユークが言う。
「次のバスが来るまでワインを飲もう」
と。坂をくだって行った先に小さなカフェがあった。
猫にさよならを言う。


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今年は寒い、と一年ぶりに会ったオリーブさんが言った。
街の真ん中のマルシェで、オリーブの木で作ったフォークやスプーンやチーズ入れ、ボウルなどを売っている人なので、私はオリーブさんと勝手に呼んでいる。名前は知らない。2年前に初めて話してバターナイフを一本買い、去年はスプーン2本を買った。今年はコーヒーを片手に自分の店をほったらかして近くをふらふらしていたらしいオリーブさんが戻ってきて、私たちを見るとごく普通に手を振り「Bonjour. Ca va?」と言った。「久しぶり。元気だった?」というところから始まり、とにかく今年は寒いね、という話に落ち着く。
「昨日は雪でも降るみたいに空が真っ白だった」
とオリーブさんが言い、そういうふうに説明出来るのはいいことだと思った。きちんと想像できた。白にももちろん種類があるわけで、その中でも「今にも雪が降りそうな空の白」というのを、私たちはお互い知っていたのだ。年に一度、晴れた4月の朝にほんの少し会うだけだというのに。
「starは、日本語では何?」
と言うので「星」と教えた。どうして?と聞いたら、たまたま思い付いた、と笑っていた。
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あの子達

今年もフランスへ行く季節がきた。

今年は猫たちが家に来たので、置いていくのが心配で、長い旅行に行くのは気が引けるけれど、彼女たちは私のママにとてもなついているので、案外大丈夫なのだろう。私以外の誰も彼もが「あの子達は大丈夫よ。いってらっしゃい」と言う。

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 生まれ育った場所以外を好きでそこへ行くことを「帰ってきた」と表現するのがあまり好きじゃないけれど、エクスアンプロヴァンスのあの光があふれる泉の街のことを思い出すと、帰るという言葉は正しいような気がしてしまう。

季節には

「いいよ」って許したり許されたり、子供の頃はすごく簡単なことだったのに、歳を重ねるごとにそれがどんどん出来なくなっていって、頭が固くなってしまったのかな。体が重くなってしまったのかな。

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いい空を見てぼんやりとする。

つまらなくなるね、ってそんな簡単な言葉さえも飲み込んで。

「春がくれば」といつも思うけれど、そうすれば生まれ変わったみたいになれるんじゃないかとほとんど信じたりもするのだけれど、膿んだ気持ちというのは季節には持って行ってもらえないのだということを子供じゃないからもう知っている。

近いような

暖かくて静かなところというのは、気持ちがいい。

それが本を読むために用意された場所だというのだからなおさら素敵だ。店内の誰も喋らず、でも誰かのための飲み物や食べ物の支度をする音が常に小さく聞こえていて、たっぷりと注がれたコーヒーからは良い香りがしている。

 

一緒にいても寂しいのなら、正直なところもうどうしたらいいのか私にはわからないのだった。つまらない喧嘩も顔を真っ青にして思い詰めたように声を震わせて話すことも、もうしてもしなくても同じだ。決定的なことは多分もうみんな知ってしまった。

 

猫たちは膝のうえで丸くなる時にくるりと彼らの細いしっぽを私の腕に巻きつける。それは優しくて誠実な行為だと思った。だからそんなふうになりたいと思って私も抱きしめてみたけれど、愛情はおろか殺意に近いような憎しみめいたものも私からは伝えることが出来ないらしかった。

昼間、電気をつけないままお風呂に入る。

湯気が白くのぼって窓の方へ消えていくのを見るのが好きだ。

 

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なかなか書けずにいた手紙をやっと書き終えて便箋をしまい、コーヒーのあとに飲んだKOVALというジンがとても美味しかった。夕方、外で一人で飲むお酒はくっきりと強いものがちょうどいい。